岡田更生館監禁殺人事件の犯人(主犯)は誰?館長の実名(名前)や北川と大森のその後は?【アンビリバボー】

事件

まえがき

出典:https://www.fujitv.co.jp/unb/

 

こんにちは、はっしーです。

 

今回ですけども、2020年9月3日放送の「アンビリバボー」にて1949年に起きた「岡田更生館事件」という闇が深い事件について特集されます。

 

この事件について、調べてみたのですが、思った以上にえぐい内容でした、、

 

本記事では、下記の内容を中心に紹介していきたいと思います。

 

■岡田更生館の成り立ち

■岡田更生館の評判

■岡田更生館の実態

■潜入捜査の結果

■岡田更生館の闇が暴かれる。犯人(主犯)の罪状は?

 

それでは、確認していきましょう。

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■岡田更生館の成り立ち

注:下記内容はネタバレになりますので、ネタバレが嫌な方は閲覧

を控えて頂きますようお願いします。

 

太平洋戦争後の1946年。

 

この時期は戦後の混乱期と呼ばれ、戦争の影響で家・家族・職を失った者や外地からの復員兵(軍務を解かれた兵)などの浮浪者が多かった。

 

中には、生きるために犯罪に手を染めるものがいて、住人に被害が及んでおり、治安の悪化が問題視されていた。

 

浮浪者にきちんとした住処を提示しなくては、この問題は解消されない。

 

そこで、政府は浮浪者を救済するために、強制的に収容する施設を全国62箇所に設けた。

 

今回取り上げられる岡山市の「岡田更生館」もその収容所の内の一つである。

 

「岡田更生館」は岡山市の収容施設の中で最も規模が大きく一番収容人数が多いときは500人を超えていた。

岡山市には当時、「岡田更生館」の他に「黒崎更生館」と「西川寮」が存在していた。

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■岡田更生館の評判

 

「岡田更生館」は当時の新聞に「模範施設」として取り上げられるほど、非常に高い評価を得ていた。

 

また、抜き打ちで入る警察等の行政視察においても何一つ問題は発見されなかった。

 

しかし、過去に一度「岡田更生館」から逃走した収容者が九州の警察署に訴えでたことがある。

 

収容者からの訴えということで、福岡県警からの依頼により岡山県警の方で調査が入った。

 

だが、岡山県警の調査の結果、収容者の訴えは事実無根であると判断された。

 

この時点では、「岡田更生館」は世間において模範的な収容施設というイメージが根付いていた。

■岡田更生館の実態

 

ある一人の人物の密告により、事態は急変した。

 

毎日新聞大阪本社に”北川”と名乗る男が「岡田更生館の実情の全て」を語ってくれたのだ。

 

北川が言うには、

 

■約1カ月の間に栄養失調で50人から60人亡くなっている

■日常的にリンチや殺人が起こっている

 

というのだ。

 

メディアでは、「浮浪者を救うための救済施設で、衣食住が備わっている」と報道されていたが、北川の言うことに偽りがなければ、これは大問題である。

 

そこで、この話を聞いた毎日新聞大阪本社の”大森”と”小西”は犠牲を覚悟で「岡田更生館」に潜入捜査することを決意する。

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